- 2017年4月9日に熊本城に来ました。熊本地震後初めて先週の土日と今週の土日の4日間行幸坂が解放されました。城内には入れませんが多くの桜見物の人々で賑わっていました。
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(Photo: © Riro Yoshioka)
熊本市役所前から坪井川沿いに行幸坂へと向かいます。
(Photo: © Riro Yoshioka)
坪井川に面した長塀が熊本地震で倒壊したので、場内の桜が根元付近から見えています。
(Photo: © Riro Yoshioka)
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(Photo: © Riro Yoshioka)
↑奥の方に熊本城大天守が見えます。
(Photo: © Riro Yoshioka)
↑↓飯田丸櫓 奇跡的に一本の角石で櫓を支えていたものを上下から挟み込んで崩壊するのを防いでいます。
報道によると結局全部解体して復興するそうです。
(Photo: © Riro Yoshioka)
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↑この崩壊した右側の上へと行幸坂は続きますが、立ち入り禁止となっていました。
(Photo: © Riro Yoshioka)
↑↓未申櫓
(Photo: © Riro Yoshioka)
↑崩壊した石垣の下の道は2の丸公園から城彩苑へと通じる道です。
(Photo: © Riro Yoshioka)
↑行き止まりの崩壊した石垣は南大手門とその周辺の石垣です。
(Photo: © Riro Yoshioka)
- ↑大天守小天守。その手前にある宇土櫓は右側の部分が崩壊して見えません。
望遠レンズを持参してなかったので天守の瓦の崩落が見えません。 手前は2の丸跡地にある公園に面している石垣です。左側が崩壊しています。 一番手前の緑色は工事用の立ち入り禁止のフェンス
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(Photo: © Riro Yoshioka)
上空を10回ほど旋回していたのはビジネスジェット。上空から桜見物なのか少々腹が立ちました。
望遠レンズがないので豆粒ほどに写ったのをトリミングしました。
(Photo: © Riro Yoshioka)
↑右端石垣が壊れて角石が見えるのは戌亥櫓 ↑↓何れも監物台樹木園前
(Photo: © Riro Yoshioka)
- 「和名は江戸末期、東京染井村(現在の駒込)の植木屋から広まって桜の名所になぞって単に吉野と呼んでいたが、吉野の山桜と混同するので明治5年に染井吉野(そめいよしの)と名がついた。」(APG原色牧野植物大図鑑)
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- 「よく植栽されているものは、栽培品種の染井吉野であり、接木で増殖されるため、すべて同じクローンである。」(改定新版 日本の野生植物)
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- 「ソメイヨシノやサトザクラは、いずれも自生ではない交雑由来の園芸種で、ふつう正常な花粉や胚珠は出来ないが、まれに稔性のある花粉をつくることがある。それらの花粉が 種の柱頭に運ばれて生じた個体、つまりソメイヨシノやサトザクラが片親と推測される雑種個体が、最近になって方々の道路沿いで見つかる。」(朝日百科 植物の世界)
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名前 | 花期 | 所在地 | 離弁花類
| 草 ・ 木 | もろもろ |
ソメイヨシノ | 3月下旬〜 4月上旬月 | 観賞用に全国で広く栽培される | バラ科 サクラ属 | 落葉高木 高さ8M | オオシマザクラとエドヒガンとの間に生じた 雑種起源の園芸種 葉よりも花が先に開く。 |
APGV
名前 | 真生双子葉類・バラ目 | 学名 |
ソメイヨシノ | バラ科 サクラ属 | Cerasum x yedoensis (Matsum.) A.V.Vassil |
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